その13 |
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1回転半 | |
真っ暗なホテルのベッドの上で、私は考えている。 闇の中のベッドの上で、右と左に分かれて寝ている私たちについて。 私は厳密には「寝たふり」をしているのだけれど・・・。
ベッドの端でヒッソリと寝息を立てているのは。 私の好きな人。 私の気持ちも知らずに眠りこけている人。 愛しい人。 この、大きなベッドは、2人で抱き合うと、とても狭く感じるのだろうけれど・・・。 右と左に分かれて寝ていると、とても広く感じる。 手を伸ばせば、アノ人の肩に触れてしまうのに、とても遠くに感じる。
彼と私は、今まで、こういう夜をいくつも経てきた。 ある夜は、話に夢中になって笑い転げているうちに、朝に生まれ変わっていた。 ある夜は、とてつもなくバカバカしい絵シリトリを延々と繰り返して終わってしまった。 そして、3度目の夜。 私は考えている・・・
もし、このままゴロゴロと寝返りを1回転半して彼の元へ行ったら? 何が変わるのだろう? 何も変わらないのかもしれない・・・。 彼はそのまま眠りつづけるのかもしれない。 何も知らずに、スヤスヤと。
それにしても、静かな眠り方だな・・・と関心すらしてしまう。 まぁ、私も、静かに眠っているように見えるのだろうけど。 見てくれる人なんかいない。 起きている分、私のほうが勝っている、だって脳味噌はフル回転だ。 働いてもいないのに、疲労してる。 ズルイ。 同じベッドで寝ている私をこんな状況で置きっぱなしにして、自分は気持ち良く寝てるなんて、憎たらしい。
私は、1回転彼へ転がる。 彼の規則正しい寝息が、さっきよりも近くに聞こえる。 体温まで薄い空気の壁を通して伝わってくるようだ。
そして・・・思いきって、あと半回転。 うつむいた姿勢で、肩が彼の腕に乗る。 肩先から、彼の皮膚、体温、湿気がジンジンと伝わってくる。 思わず、ため息が出る。 「これでもう良いか・・・」と、元の位置に戻ろうと回転しかけると、彼の反対側の手が、私の背中に置かれる。
その手は、冷たい。 そして、その「手の冷たさ」は私を心底驚かせる。 なぜなら・・・眠っている人の手は、例外無く暖かいのだ。 私はそれを知っている。 冷たい手をしていた彼は・・・眠っていなかったのだ。 私と同じように、闇に生息する動物のように、ヒッソリと寝たふりをしていただけだったのだ。 私は、勝ってなんかいなかった。 負けていた。
でも、悔しくは無い。 好きな人の下で、負けを認めるのはとても気持ちが良い。
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