その15

 

月を見に

 

 6畳のワンルームに3畳のキッチン、ユニットバス、ちょっと広めのベランダ。 そういう「普通」のアパートに住んでいた彼がいた。 彼は、一切本を読まない人で。 本棚には「図鑑」と「絵本」「画集」とかが沢山入っていた。

 今までに会った事の無い人、今までに感じたことのない人。 そういう人だった。 その「小さな」部屋は、彼といるととても「大きな部屋」に感じた。

 

 フロアにじかに置いた、マットレスをベッドにしていたのだけど。 そこに横になり窓に向かって頭を上げると、いつもそこには「月」が色々な形で飾ってあった。 体をフトンにキチンと入れて、窓を開けると冷たい風とハッキリとした輪郭の月が感じられ。 とても贅沢だな・・・と思った。 この部屋には私の欲しいものがすべてある・・・と思った。

 

 彼は、月を見ながら良く小さい声で歌を歌ってくれた。 小さく、しゃがれた声は私の耳にすんなりと入ってくる声だった。 歌っていた歌は、サザンの桑田さんの「月」という歌だった。 

 邦楽をあまり聞かない私には「演歌」のようなポップスのようなその歌がフシギに感じられた。 彼の声の調子に気を取られていて歌詞にまで耳が行かなかった。

 

 ある日、彼が、そのCDをくれた。 「聞いてみたい」と言ったのを覚えていてくれたのだろう。 CDレンタル屋さんでの「放出セール」で買ったらしく「大安売り」っていうシールには笑えたけど(笑)。

 家に帰って、そのCDを聞いた。 「月」だけを聞いた。 歌詞を見ながら。 なるほどな・・・と思った。

「君と寝ました、月夜のかやで、君と寝ました他人のままで」

という歌詞から目が離せなかった。 それは、まるっきり、その時の2人の状況を言い表せる歌詞だった。

最後には「惚れていました」とその声は歌っていた。

 

 私たちは、お互いに、付き合っている人がいた。 にもかかわらず、恋に落ちた。 身動きが取れずに、見詰め合うしかできなかったのに。 それだけで満足できなかった私は、彼を抱き寄せてしまったのだ。

 こらえ性が無い女だ>自分

 

 しばらく、月を見る関係を続けたけれど。 自然消滅させてしまった。 

 

 チョット前に、電話が来て。 「俺結婚することになったんだ」と聞いて。 複雑ながらもなんだか嬉しかった。 「良かったね」と言うと、「ウン・・・」と後味が悪い。

「何?」

「うん、俺、オヤジになるみたいなんだ」

そうか・・・。 おめでとう、良かったじゃない! (ずっと彼は子供を欲しがっていた)。

でもな・・・その彼女、オマエニソックリナンダヨ・・・

 

 何を答えたのか、あまり覚えていない。 気がついたら、電話は切った後だった。

 

 彼は、家族で月を見るのだろうか?

 

 

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