その11

 

クリスマスツリーになった日

 

 数年間付き合って、とても好きで。 でも、どうしてもお互いの「価値観」が合わずに、何かにつけてケンカを繰り返してしまう彼氏がいた。

 

 とても好きだから、ケンカをしてもソノ後、手を握って体温を感じるだけで、さっきまで怒りでササクレ立っていた心がじわじわと水分を含んで、柔らかくなっていくのが分った。

 ケンカをして仲直りをして・・・。 私達の組み合わせは、共通の知り合いの中では「天国と地獄」と呼ばれていた。

 さっきまで、とても仲良くしていて、友達がフッとウィンドウに飾ってある古着のGパンの裾のデザインに気を取られている間に・・・、もう、私達はケンカを始めていて、怒ると黙る習性の二人だったので、黙々と歩いている、それも早足。 友達は驚くわけだ。

 

 細かいところで「合わない」のは、まったく違う家族、違う経験、違う価値観で育ってきた「他人」なので、ある程度は仕方が無いのは分かってる。 大きく言ったら・・・同じ日本人・・・っていうだけで「ちがう文化」に育てられたようなもんだし。

 

 でも・・・その「ちいさな価値観」が致命的になってしまう時だって在る。

 

 私達の「致命傷」は「時間のコンセプト」だった。

 

 デートの約束をして、待ち合わせの時間や場所を決める。 その日はクリスマスイブで、私はプレゼントも用意していて、とても楽しみにしていた。

 仕事をしていても、「あぁ、早く彼に会いたい・・・」という気持ちばかりで、そのおかげで仕事がはかどったぐらいだ(だって残業なんかになったら、やってられないもん・・・)。

 

 どこに行こう・・・などとレストランを予約したりとか、そういうことは一切していなかった。 ただ「会える」ということ、その夜を一緒に少しでも過ごせるということが私には一大事だった。 彼のぬくもりが感じられる。 それだけで幸せだった。

 

 待ち合わせの場所に向かう前に彼に電話をする。 これから、ちょっと込み入った会議が入るそうで、携帯を切っておくと言っている。 それでも「待ち合わせにはなんとか間に合うように努力するからさ」という言葉を、大切に両手で包み込むように、待ち合わせの場所へ急いだ。

 

 もちろん・・・早く着きすぎました。 近くのデパートや本屋で時間をつぶすけれど。 もう脳味噌の中は「これから会える」という事で一杯で、何を見ても何を読んでも目の先を素通りしていくだけ。 全然、中に入ってきてはくれない。

 

 やっと時間になり、待ち合わせの場所へ立つ。 それは、野外の大きなクリスマスツリーの目の前だった。 そこだったら、車を一時駐車しやすいので、ワザワザ駐車場に入れる必要が無いから、という理由だった。

 もう外は暗くなっていて、クリスマスツリーの飾りには電源が入り「どうだ!」という感じに光り輝いていた。 いつもだったら「まったく、毎年毎年、同じデザインでさー」とか言いながら通りすぎるそのツリーも、その時ばかりは「なんて綺麗なんだろう」などと調子の良い感想を持ってしまったりしていた。

 

 10分過ぎる。 周りにはまぁだ、待ち合わせの人達がポツポツと立っている。 みんなデートなんだなぁー。 うふふ。

 

 20分過ぎる。 会議長引いてるんだろうな、大変だ。 それにしても、今日、こんな日に、グリーンのコート着てきたのって・・・ちょっと狙い過ぎたかなぁ。 でも、新しいコートを着たところ見てもらいたかったし良いよね。

 

 30分過ぎる。 寒さが、ブーツのつま先と、指先から少しずつ体の中へ中へと進入してくる感じ。 室内に入っちゃおうかな? でも、車で来て、一時停車しかできないこの場所に私が居なかったら、彼、困るだろうしな。

 

 そして、1時間が過ぎた。 彼に電話しても、まだ繋がらない。 メッセージを残すけれど・・・。 待ち合わせの場所間違ってるってことは無いよね? もしかして、途中事故にあってたらどうしよう?

 寒さと、嫌な想像から、心臓がドキドキしはじめる。

 

 そして、それからまた1時間半。 彼は現れなかった。 電話も無かった。 私は、その寒い空気の中にグリーンのコートを着て立っている自分が、心底情けない存在だと感じた。 隣でピカピカと電飾で飾られて、さらし者にされているクリスマスツリーに同情した。 あんたも、寂しかったんだね。

 もう、あと、1時間で、イブは終わる。 周りで立っている人はほとんどいない。 酔っ払って、座っている人はいるけれど。

 

 寒いと人は寂しくなるもんなんだろうか? 立ったまま、足先から冷えていくからだを感じながら、このまま、体温が無くなって死んでしまえば良いとすら思えた。 このまま、気持ちまで凍ってしまえば良い。

 そして、そういう風に思わせてしまった、彼を憎んだ。 憎むことは、暖かい。 また血が通った。

 

 怒りで脳味噌が腫れあがったような感覚と、すっかり冷え切った体とを引きずりながら、そこからすぐ近くのバス停へ向かい、バスに乗った。 家に帰るために。 私は、一番後ろの席に乗り、いつまでも待ち合わせの場所だったクリスマスツリーを見ていた。 飾られてるけど、とても寂しい木に見えた。 それは、そのまま、私の姿だったんだろうと思った。

 

 それから約1ヶ月。 彼からは何の連絡も無かった。 私からはもちろん連絡しなかった。 待ち合わせの日に着ていたコートはもう2度と着る気が無くなっていて、クローゼットの中に入ったままだ。

 このまま、終わるんだな。 そう思っていた。 自分の気持ちにケリをつけるために、何かに集中するために、無駄な時間を持たないために、無理やり私は水商売のバイトを、夜始めた。 毎日眠るのは、夜中の3時過ぎ。 4時間ぐらい寝て、会社(昼の仕事)へ行くために起きあがる。 そんな生活。

 

 ある日、携帯ではなく私の部屋に彼から電話が来た。 ソノ日は、夜のバイトが定休日の日だったので、たまたま私はその電話を取った。

彼が第一声で言った言葉は

「どう?機嫌直った?」だった。

 

 もう、憎しみも感じていなかった変わりに、愛情もかなり色あせてしまっていた相手から、そんな言葉を聞いても「え?」としか答えが出なかった。

 そして、彼は、一ヶ月前の「すっぽかし」の理由を延々と話始めたのだった。 会議で遅くなったこと、私が怒っているのが分っていたので怖くて電話ができなかったこと。 1度、電話しそびれると、もっと連絡取るのが怖くなっていったこと・・・。

 何を聞いても「そうですか」と他人事のような反応しかできない自分がそこにいた。

 

 彼は、自分の保身ばかりを考えていて、あそこで待っていた私の感覚など想像もしない・・・というかあえて、想像しないように逃げているようだった。

 

 「もうどうでもいいよ」と言った私に、うれしそうに「そうか!よかった、じゃぁ今度いつ会える?」と彼が言ってきた。 私は「そうじゃないの、もう、あなたと待ち合わせする勇気が無くなったの」と言うと・・・。

「なんで、たったあれだけの為に、別れるの俺達?」と驚く彼。

 

 たったあれだけ・・・たったあれだけ・・・たったあれだけ・・・なのか。 彼にとっては。 そして、在ることに気がついた。 彼は「ごめんな」と一言も謝ってはいない。 多分、それが本心なんだろう、謝るようなことをしたとは思っていないのだ。

 

 ごめんね? って思わないの? 私が大切にしていた思い、大切にしていた時間、ごめんね? って思わないの?

 

 彼が怒り出す。 そんなつまらないことで、一々うるさく言うなよ。 オレだって仕事だったんだ。

 

 分ってる、分ってる。 仕事だったのは分ってる。 でも、私だって仕事があったんだよ。 それに、2時間半の間に一本も電話ができない仕事って一体何? 外で冬に立たせておいた彼女が風邪を引いてないか?とも思えない優しさって一体何? ワタシハイッタイアナタニトッテナニ? タダノクリスマスツリーナンデスカ?

 

 彼は「あぁ、分った、いつもいつも、お前が正しくて、オレが間違ってるんだよな。 わかったよ、アンタは頭が良いよ。 オレはバカだよ。 わかったよ!!」

 もう、彼が何を言っているのか、理解することができなくなっていた。

 

 好きだったのに。 あんなに好きだったのに。 彼のことを思い出すだけで微笑みが漏れてしまうぐらいに好きだったのに。 あんな気持ちにしてくれてどうもありがとう。 でも、今のアナタを好きで居ることはできません。 ワカリマセン。

 

 彼とは、それきりになった。

それでよかったと思ってる。 でも、私は、彼の口から何が聞きたかったんだろう? もしかしたら、口からなんか何も聞きたくなかったのかもしれない。 ただ、黙って抱きしめて欲しかっただけなのかもしれない。 自分とは違う体温で「オレはここにいるよ」って、伝えて欲しかっただけなのかもしれない。 今となっては分らない。

 

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