その57

 

好きな人に好きと言う事  

 

 

 好きな人に、感じたまま、きちんと「好き」と言える事。 表現できること。 それはすごく幸せなことだ。 

 

 好きで好きで、いつも一緒に居たくて。 と思っていた彼氏がいた。 今思い出しても、心臓が痛くなるほど私は彼を好きだった。 と同時に、ものすごく不幸だった。 

 なぜなら、私は、その恋が始まったときに予め「好きとか愛してるとか、絶対に言うな」と口止めされていたからだ。

 

 本当に、ほんとーーーーーに辛かった。 

 元々、ポロポロと「好き」という言葉を我慢することなく、垂れ流しのように使うタイプの人間なので。 それを「一切言うな」と禁止されること、それはほとんど拷問だった。 どう表現したら良いんだろう? 大好きなおいしいものを口に運ぶのに、心の中では「おいしい!」と叫んでいるのに。 無理して顔を作ってニガニガしい顔で「まずい」と言わなければいけない・・・とか、そんな感じ。 ものすんごい便秘みたいな感じ。 精神的な便秘。

 

 横顔を見て、優しさを感じて、あぁ、好きだ。 と感じても・・・。 抱き合って、気持ち良くて、ほんとうに好きだ。 と思っても。 一切、それを口に出来なかった。

 私は以外と、1度した約束は守るほうだから。

 

 出口が無くなった思いは、ドンドンドンドン体の中に心の中に蓄積されていく。 伝えたい相手に伝えられない欲求・・・というのは、こんなにも面倒なもんなんだ? と自分が驚くほど溜まっていった。

 

 その思いは、自分が驚くような事を自分にさせた。

例えば、ものすごくヤキモチを妬いてみたり。 異常に電話をして、彼の行動の全て知っていたい・・・という衝動に駆られたり。

 

 彼が吸った煙草の吸殻を1本だけ、たった1本だけ灰皿から取って、ティッシュに包み小さい袋に入れて毎日持ち歩く・・・という事までした。 なんだか演歌な女である・・・うーむ。 自分で笑える。 こんなことする女性を見ると「うわぁー」って驚くタイプなのに。 自分でやってしまっていたのである。 

 

 バレンタイン後に彼の家に行くと、冷蔵庫には私からでは無いチョコレートがいくつか入っていた。 その物自体には全く罪が無いことは分っている。 でも、そのチョコレートにすら憎しみを感じている自分がいた。

 

 「言ってはいけない」つまり、彼も「言わない」ワケだ。

 

 言葉で確認できない私は、ドンドン不安を募らせていった。 まるで怪獣みたいだった。 自分自身が。

 一緒にいる間は問題が無かった。 側にいれば、相手の体温を感じていられれば、言葉をかければ普通に言葉が返って来れば、それだけで満たされていた。

 

 でも、一旦、別々の行動に入ると、とてつもなく不安だった。 電話で話をしても電話を切った後に副作用のように「不安」が襲ってくる。 切ったばかりの電話を何度も持ち上げて、リダイアルを押して呼び出し音が鳴る前に切ったり。 そんな事までしていた。 

 彼が他の友達と出かけているのを承知の上で、なんども留守宅に電話をしてみたり・・・。 ウザイなぁ・・・と、どんどん、自分で自分が嫌いになっていく。 自分が男だったら、こんな女は絶対に嫌だ。 付き合いたくない。

 

 ある日、プツンと何かが切れた。 本当に、プツンと音がしたような気がした。

「もう、こんな関係はいらん」

と思ったのだ。 理由は「彼を好きになればなるほど、自分が自分を嫌いになっていくの我慢できなくなった」から。

 「彼」の為に「自分」を殺していく作業に飽きてしまったから。

 

 そのプツンを聞いても、もちろんまだ彼のことは好きだった。 でも・・・別に「男と女」で、恋愛感情で好きでいる必要性が全く見えなくなったのだ。

 別に、こんな嫉妬や束縛や不安なんかを抱えるような関係でいなくても、好きではいられる。 そう思った。

 

 そして、彼に伝えた

「好きな人に好きって言えない関係に疲れた。 友達に戻ろう。」

 彼は、驚いていた。 全く私の追いこまれていた気持ちに気がついていなかったんだそうだ。

 そりゃそうだ、私は自分を殺す天才だ。 どんなに嫉妬しても、どんなに束縛したいと思っても、どんなに不安でも、彼には一切見せなかった。 見られる一歩手前、聞かれる一歩手前で全部自分の中で殺していた。 だって最初に約束したんだもん。 

 それだけ惚れていてしまったわけだ。 私のほうが多く。 だから、そんな「負け」のカードを引いて、自分を殺しても、彼を気持ち良くさせてあげていたかった。

 

 でも、そんな関係は長く続けられない。 あくまで私は。 

一方的に自分を殺さないと続けられない関係では、本当に自分が死んでしまう。 自分がいなくなってしまう。 そんな経験が出来たのは面白かったけど、もうイイや。 

 私は、自分自身が可愛い。

 

 「好き」と言葉や態度に出す理由。 もちろん「お互いの気持ちの確認」という意味もあるけれど、心の欲求不満を予防するという作用もあるのでは無いのだろうか? 

 

 たかが言葉。 なのかもしれない。 でも人間は言葉を使う。 それが一番カンタンなコミュニケーションだからだ。 以心伝心。 そんなモノもあったね。 でも、それでもやっぱり言葉が欲しい。

 好きな人に好きと言える自由が欲しい。

 

 

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